地理的分野の学習内容と場所イメージ

日社学2013山形210月26日・27日に開催された日本社会科教育学会第63回全国研究大会で発表した内容を公開します。

発表の後、司会を担当していただいた西脇先生(横国大)とお話することができ、発表内容についてさらにコメントを頂戴することができました。中等社会科教育(地理)におけるメンタルマップの可能性についてはもう少し検討した上で整理してみるつもりです。

・発表で使用したPowerPointファイルはこちらにあります。

1.はじめに

平成20年3月に現行学習指導要領が公示され,中学校社会科地理的分野の学習内容は大きく変化した。この改訂の要点は,同じ年の9月に発行された中学校学習指導要領解説社会編(以後,解説と表記)では次の6点にまとめられている。

・分野目標についての見直し
・内容構成についての見直し
・世界に関する地理的認識の重視
・動態地誌的な学習による国土認識の充実
・地理的技能の育成の一層の充実
・社会参画の視点を取り入れた身近な地域の調査

この改訂の要点からわかるように,現行学習指導要領では,従前から中学校社会科地理的分野で重視されてきた「我が国の国土認識」とともに「世界に関する地理的認識」の育成が重視されることになった。解説では,現行学習指導要領における社会科地理的分野は地誌的な学習を充実する方向で内容構成が図られたと指摘されている。

このように中学校地理的分野における今次改訂は,地誌学習の「復活」とも言えるものとなっているが,こうした改訂内容を学校現場は概ね歓迎している(荒井,2013)。

しかし,地誌的な学習の充実は知識注入型の学習に陥ってしまう危険性を内包しており,それに対する警戒が必要である。暗記中心の地誌的な学習は,生徒に閉ざされた社会認識を押し付けるだけで,「国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う」という社会科の目標を達成することは難しいからである。

また,米国や英国,豪州などの地理教育のあり方はこうした我が国の動きとは異なっていることが明らかにされている。これらの国では,地理的な知識の習得するための地誌学習よりも地理的な思考に基づいて世界を理解する方法である地理的探究に基づく学習が重視されるようになっている。

現在,学校現場では社会科地理的分野における地誌的な学習のあり方を確立していくことが求められているわけだが,そのためには,地誌的な学習が内包する課題や海外の地理教育の動向を踏まえた上で考察していく必要がある。

そこで本発表では,中学校社会科地理的分野における地誌的な学習の課題を確認した上で,この課題を回避するための方途について考察する。

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2.社会科地理における地誌的な学習の課題

解説によると中学校社会科地理的分野における「世界の諸地域」学習の主なねらいは,6つの州〔アジア,ヨーロッパ,アフリカ,北アメリカ,南アメリカ,オセアニア〕の地域的特色を理解させることである。そこでは,羅列的な知識を身につけることではなく,生徒が世界の地理的事象を身近に感じて,取り上げた世界の諸地域についてイメージを構成することができ,世界の地理的認識を深めることが重要であるとされている。

今日的な状況を考えると,社会科学習において世界の諸地域の多様性について学ぶことは,確かに意義深いことである。しかし,そこには,「国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う」社会科として警戒すべき「偏見」や「ステレオタイプ」の問題を内包している場合が少なくない。私たちは,場所に対する個人的経験や書物やテレビなどのメディア,そして他の人から聞いたことなどをもとにして,何らかの世界観を既にもっており,世界の諸地域に対して人々が抱いているイメージは残念ながら偏っている。

私たちが有する地理的な認識はオクシデンタリズムに陥る危険性から完全に逃れることができないのである。このことはなにも生徒だけの問題ではなく,社会科の教員も例外的な立場ではない。

小口(1998)は、そのことを示す調査分析を行っている。その調査は,グールド(1976)のメンタルマップ分析の手法を使って社会科地理的分野を学ぶ中学生1年生と社会科教員の世界に関する地理的な認識の状況を1997年に山形県内の生徒と社会科教員を対象に調査したものである。有効回答者数は,生徒は205人,教員が66人であった。

その結果からは,生徒の地理的な世界認識(居住空間選好)が欧米指向であることが確認できた。注目される点は,社会科教員の地理的な世界認識も生徒と同様に欧米指向に偏っていることである。

こうした欧米志向の世界認識の存在については山口(1989)なども明らかにしている。また,地理学者の竹内(1993)は,高校地理教育について語る中で,「由々しいことは,価値判断から自由なよそおいをとりながら,日本の地理教育は,明確なひとつの価値判断,偏見を押し付けていることである」と指摘している。世界に関する地理的な認識を充実してためには,こうしたエスノセントリックな価値観の存在に気づき,空間を介して顕在化する社会的矛盾や社会的不公正などの問題について地理的に思考していく学習が必要である。

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3.地誌的な学習の課題を回避する方途

解説に示された学習指導要領の今次改訂の要点から,中学校社会科地理的分野では地誌学習が「復活」したが,従前からの地理的な見方や考え方の基礎を養うことも重視されていることがわかる。

また,改訂の要点の一つである「社会参画の視点を取り入れた身近な地域の調査」は,生活者の息吹や当事者の問題意識を欠いた地誌的な学習を改善する引き金となることが期待できる。

このように,偏った価値観の存在を乗り越えるためには,地誌的な学習そのもののあり方を改善していくことが考えられる。

しかし,本発表では別の方途を考える。それは,中学校社会科地理的分野における学習内容に,生徒が自分たちの世界に関する地理的な認識のあり方を振り返るような学習を社会科地理的分野の新たな学習内容として位置づけることである。

そのために,社会科地理的分野の学習の中で,メンタルマップや場所のイメージを伝えるメディア,そしてスケッチマップなどを活用していくことが考えられる。

現行学習指導要領でも,「学習全体を通して,大まかな世界地図を描けるようにすること」が期待されており,メンタルマップを描く学習ができる。しかし,メンタルマップを描くだけでなく,自分たちが描いたメンタルマップの内容を分析する活動に取り組むことによって,世界に関する地理的な認識をさらに深めることができる。

4.おわりに

中学校社会科地理的分野では世界に関する地理的な認識が重視されることになったことは,単なる地誌学習の「復活」ではないと考える。本発表では,偏った世界認識の存在とメンタルマップの可能性に注目したが,それだけでは「世界の諸地域」学習を改善することにはならない。地誌的な学習の意義を確認しながら,地理的分野学習の内容構成を確立していかなくてはならない。

【参考文献】
荒井正剛(2013):中学校における「世界の 諸地域」学習のあり方,新地理61(1)
小口久智(1998):中学校における世界地理教育に関する一考察,上越教育大学大学院修士論文
竹内啓一(1993):『とぽろうぐ』,古今書院
山口幸男(1989):初期社会科における世界的内容の扱い,群馬大学教育学部紀要
グールド(1976):メンタルマップについて,『環境の空間的イメージ』,鹿島出版会

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