4月9日、中国を代表する舞踏家と言われているヤン・リーピンの最新作「クラナゾ」をオーチャードホールで見てきました。
クラナゾは漢字では「蔵謎」と書きます。「蔵」とは中国語でチベットのことですから、クラナゾとは「チベットの謎」という意味です。前作シャングリラでは雲南省の少数民族の文化や習慣を題材としたものでしたが、今回の題材はチベット族。四川省九寨溝に住む老婆が整地ラサを目指して巡礼の旅を続ける物語です。(構成の後半部でAKBの歌が歌われる等、観客を意識した日本向けの演出もなされているのに少々びっくりしたりもしたんですが・・・)
よく知られているように、現在の中国人の大半は漢民族が占めていますが、彼らからすると、少数民族であるチベット族の文化や死生観はすぐには理解できない「謎」らしい。ヤン・リーピンはインタビューで「クラナゾ」の「謎」に込めた意味合いについて訊かれた時に「なぜチベット族が自然と人と調和し、平和に長く生きてこられているのか。そのことが中国の漢民族にとっては謎なのです。私はそれを追求していきたいという気持ちから、“謎”という文字を題名につけた」と答えています。
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でも、それだけなのでしょうか?豊かな隣国に暮らす住民が、チベット問題に関心を持つことを本当はねらっているのではないかと考えてしまうのは私だけでしょうか?
つい最近も朝日新聞で「中国当局とチベット族住民の緊張の高まりで、四川省アバ・チベット族チャン族自治州などへの外国人の立ち入りが禁止されたことが分かった。」という事が報じられました。また、アバ県では、3月にチベット寺院の青年僧が中国の民族政策に抗議の焼身自殺をして以来、同じ僧院の僧侶ら2千人余りが軟禁されている模様で、寺院近くにいたチベット族2人が死亡したという情報があるとも報道されています。
2008年のチベット自治区、2009年の新疆ウイグル自治区と相次いだ大規模な騒乱。そして、それを強硬に押さえ込もうとする中国当局。しかし、民族独立と国家体制維持という難しい問題を抱えているのは中国ばかりではありません。
「国家」を維持することの必要性と「国家」を相対化することの必要性について、もう一度「自然と共生できる人間」という立場から再考することを、ヤン・リーピンは世界の民衆に期待しているのかもしれません。まだまだ幸福な社会を築ける可能性が残されていることを願いながら・・・

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