前回の記事「ニューヨーク旅行で考えた都市の未来:ベッセルから学ぶ『誰のための街づくり』」では、地理学者デヴィッド・ハーヴェイの都市論について触れました。
今回は、このハーヴェイの理論をもう少し詳しく学んでみることにしたいと思います。ハーヴェイの経済理論の核心を理解することで、現代の都市問題や格差社会をより深く読み解けるようになることが期待できます。
なぜハーヴェイの理論が重要なのか?
皆さんは、なぜ東京の都心部には高層ビルが建ち並び、地方都市では駅前商店街がシャッター街になってしまうのか、疑問に思ったことはありませんか?
ハーヴェイは、こうした現象を「資本主義の必然的な結果」として説明しています。彼によると、資本(お金や投資)は常に利益を求めて動き回り、その過程で都市の形を変えていくのです。
ハーヴェイ理論の3つのキーポイント
まずは、デヴィッド・ハーヴェイの理論を理解するうえで重要な3つのポイントを表でまとめます。
ポイント | 説明 |
---|---|
資本の「循環」と「矛盾」 | 資本主義経済は「資本の循環」(お金→商品→生産→利益→お金)で成り立つが、この循環の中で売れ残りや使われない工場、仕事のない労働者などの矛盾が必ず生まれ、それを解決するとまた新たな問題が発生する。 |
「空間的回避」のメカニズム | 資本が行き詰まると、余った資本を都市開発や大型建築プロジェクトに投じて一時的に問題を先送りする。大型ショッピングモールや高層マンション、テーマパークなどがその例。 |
都市の「不均等発展」 | 資本は利益率の高い場所に集中するため、発展する都市と衰退する都市が生まれる。発展する都市では再開発が進み、衰退する都市では投資が減って空洞化が進む。 |
1. 資本の「循環」と「矛盾」
ハーヴェイは、資本主義社会の経済活動を「資本の循環」としてとらえます。
お金(G)→商品(W)→生産(P)→新しい商品+利益(W+w)→再びお金(G+g)
この流れが絶えず回ることで社会は動いています。
しかし、この循環の中では必ず「矛盾」が生まれます。たとえば、
- 売れ残った商品が増える
- 工場が使われなくなる
- 仕事がなくなる人が出てくる
こうした問題を解決しようとすると、また別の矛盾や新たな問題が生まれるのが資本主義の特徴です。
2. 「空間的回避」のメカニズム
資本が行き場を失い、経済が停滞しそうになると、余った資本を都市開発や巨大プロジェクトに投じることで、一時的に問題を先送りする現象が起きます。これをハーヴェイは「空間的回避(spatial fix)」と呼びます。
具体的には、
- 大型ショッピングモール
- 高層マンション
- 巨大なテーマパーク
などに多額の資本が投入されます。これにより一時的に経済が活性化しますが、根本的な解決にはならず、やがて新たな矛盾が生まれることになります。
3. 都市の「不均等発展」
資本は、より多くの利益が見込める場所に集まる性質があります。そのため、都市の中でも「発展する場所」と「衰退する場所」が生まれます。これが「地理的不均等発展」と呼ばれる現象です。
- 発展する都市・地域:投資が集中し、高層ビルや再開発が進む
- 衰退する都市・地域:投資が引き揚げられ、空洞化や人口減少が進む
このように、都市の変化や格差の拡大は、資本の動きと深く関係しているのです。
3つの資本循環
ハーヴェイは資本の動きを3つの循環に分けて説明しています。
循環 | 内容 | 具体例 |
---|---|---|
第1循環 | 通常の商品生産・販売 | 工場で商品を作って売る |
第2循環 | 建物・インフラへの投資 | オフィスビル、道路、公園 |
第3循環 | 教育・医療・軍事への支出 | 学校、病院、軍事施設 |
過剰な資本は第1循環から第2・第3循環に流れ込み、都市の景観を大きく変えていきます。
現代社会への応用:ハーヴェイ理論で読み解く社会問題
ハーヴェイの理論は、現代の都市や社会のさまざまな問題を理解するための有力な視点を提供します。以下の表では、代表的な現代的課題と、それぞれに対するハーヴェイ理論の応用例を簡単にまとめてみています。
現代の問題 | 具体例 | ハーヴェイ理論の応用ポイント |
---|---|---|
都市再開発の裏側 | 東京の大規模再開発(六本木ヒルズ、東京ミッドタウン) 地方都市の駅前開発とシャッター街化 | 「空間的回避」による資本の再投資と都市景観の変化 |
格差問題 | 都市部と地方の経済格差 同じ都市内での地域格差 | 資本の「不均等発展」理論で格差の発生メカニズムを説明 |
住宅問題 | 住宅価格の高騰 投資目的の空き家増加 | 資本の「循環」と「矛盾」が住宅市場にも波及する現象 |
1. 都市再開発の裏側
理論の応用:空間的回避と都市変化
都市の大規模再開発は、余剰資本の「空間的回避(spatial fix)」として説明できます。投資先を失った資本が都市開発やインフラ整備に流れ込み、一時的に経済を活性化します。しかし、その結果として再開発地域とそうでない地域の格差が拡大したり、地方都市では駅前の再開発が進む一方で周辺商店街がシャッター街化するなど、新たな社会問題が生まれます。
2. 格差問題
理論の応用:不均等発展の仕組み
資本は利益率の高い場所に集中するため、都市部と地方、あるいは都市内の地域間で投資や発展の差が生じます。これが「地理的不均等発展」の現象です。ハーヴェイは、こうした格差が資本主義の構造的な結果であり、単なる偶然ではないことを理論的に示しています。
3. 住宅問題
理論の応用:資本循環の矛盾と住宅市場
住宅価格の高騰や空き家の増加は、資本の「循環」と「矛盾」の現れです。投資先を求める資本が住宅市場に流入すると価格が上昇し、実需を超えた投資物件(空き家)が増加します。これは資本主義経済の矛盾が住宅分野にも波及している例といえます。
このように、ハーヴェイの理論を使うことで、都市の再開発や格差、住宅問題といった現代社会の課題を、資本の動きや仕組みの観点から深く理解することができます。
ハーヴェイの理論の特徴
ハーヴェイは、資本主義の矛盾が次々と形を変えながら現れること、そしてそれが都市や社会、自然環境、文化など多様な領域に影響を及ぼすことを強調しています。
ハーヴェイの理論には以下のような特徴があります。
- 多角的な視点:経済だけでなく、政治・社会・文化・環境も含めて分析
- 歴史的な視点:過去から現在への連続性を重視
- 批判的な姿勢:現状を当たり前として受け入れず、問題点を指摘
ハーヴェイ理論に対する批判
もちろん、ハーヴェイの理論にも批判があります。たとえば、次のような批判がなされています。
- 複雑すぎる:原因が多すぎて、何が根本的な問題なのか分からない
- 実践的でない:理論は面白いが、具体的な解決策が見えない
- 悲観的すぎる:資本主義の問題点ばかり強調している
まとめ
デヴィッド・ハーヴェイの理論は、一見複雑な現代社会の問題を理解するための強力な道具です。ハーヴェイの理論を知ることで、なぜ街が変わるのか、なぜ都市ごとに格差が生まれるのか、その背景にある「資本の動き」や「社会の仕組み」を理解する手がかりが得られます。
都市再開発や社会問題のニュースを見るときも、彼の理論を思い出してみてください。彼の視点を通じて、私たちの住む街や社会を見つめ直すことで、新しい発見があるかもしれません。
資本主義社会に生きる私たちにとって、ハーヴェイの提起する問題は決して他人事ではありません。「誰のための街づくりなのか?」という問いを持ち続けることが、より良い社会を築く第一歩となると考えています。
もし興味を持たれた方がおられましたら、今回参考にさせていただいた次の文献あたりから読んでみてください。
<参考文献>
著者名:新井田智幸
論文タイトル:デヴィッド・ハーヴェイのマルクス主義経済地理学
掲載誌:歴史と経済
発行年:2019年
URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/rekishitokeizai/62/1/62_29/_pdf/-char/ja