生き方につながる社会科授業

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ビッグウイングで開催された恒例の県社研冬季研修会の講演会に参加しました。毎年参加しているつもりになっていましたが、数年ぶりの参加なのでした。

今年の講演は「生き方につながる社会科授業をめざして~思考し、判断し、表現する個の育成~」というテーマで、小林宏己先生(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)が講師でした。私は今回初めてお話をお聞きする先生ですが、上田薫先生とも親交があるようなお話もあったので、おそらく「社会科の初志をつらぬく会」とも関係がある方だと思います。(私が知らないだけでしょうけど・・・)

印象的に残ったのは、社会科授業の現状を批判的に紹介する中で指摘された「形ばかりの皮相な学び」と「他律的な学び」という言葉です。

小林先生によると、「社会性を含んだ問題は単純ではない。価値判断は、多面的多角的に思考を重ねた上で、しぼりだすような結論となることが求められる。そのため、1時間の中で、価値判断は怖くてさせられない」のだそうです。

また、課題や検証資料を教師側が提示し、1時間の終わりに無理矢理まとめの時間を確保するような授業は、リアリティのない認識に終始する「皮相な学び」でしかなく、子どもたちが思考/判断/表現させられる「他律的な学び」の典型でしかないのです。
配付された資料には、「個を育てる自律的で協同的な学びの構造」という単元構想をする際にたいへん参考になる構造図がありました。講演の中では、この構造図をもとに、小林先生がよる「空気を汚したのは誰だ~車社会の裏表~」という小学校5年生での実践も紹介していただきました。

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社会科に「社会科らしさ」を!
・「暗記・詰め込み」に戻してはならない
・人権尊重、問題解決学習の堅持を

・「国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者」を育成する社会科を
・「(広い視野に立って)社会に対する関心を高め、諸資料に基づいて多面的・多角的に考察し、」思考・判断・表現する学びを
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これは、先生が提示された資料の一部です。私も学校教育において「社会科教育」があまり機能していないのではないかと不安になることがあります。

見方を変えれば、そうなることを誰かが望み、それを許す考えが支配的だったということなのかもしれません。

「皮相な学び」しかできない原因は、入試だけなのでしょうか?私自身を振り返ると、そこには入試の他にも様々な事柄が影響しているように思えてなりません。それらに負けないで、自らの手で教材を発掘し、「自立的で協同的な学び」の構築を目指していこう。小林先生のお話をお聞きして、そんな思いを新たにすることができました。ありがとうございます。

「協同的な学び」の内容についても勉強していきたいと思いはじめています。

この言葉の意味することは、「学び合い」学習と同じなのでしょうか?それとも違うのでしょうか?また、佐藤学先生の「学びの共同体」における「共同的な学び」とも異なるのでしょうか?この辺のところを的確に説明してくれている資料などありませんか・・・