作品であることを忘れず、誇りを持って生きよう

作品であることを忘れず、誇りを持って生きよう

 

いじめによって中学生が自殺してしまったということが、また明らかになりました。この悲しい現実はいつまで続くのでしょう。みんなが幸福になれない社会システムの中でしか僕たちは生きられない存在なのでしょうか・・・

今朝、こんな新聞記事を見つけました。

《いじめている君へ》玄侑宗久さん ■軽々しい同調やめよう

周りがやると、空気を読んで、いじめに加わる。他人に軽々しく同調する。それが後にどれだけとんでもない結果を招くか、君は考えたことがあるか。

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人の心には光と闇(やみ)が重なり合う。でも、奥底にあるのはやはり光だ。もちろん、君の心の奥にも光がある。自分の意思で行動する力も備わっている。

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人生を一つの作品ととらえて励む。それを修行という。

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誰かをひどく悲しませる過ちを犯すと、自分という作品に決定的な亀裂(きれつ)ができる。君自身が自分を嫌って生きることになる。

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他人に安易に同調するのはやめよう。誇(ほこ)りを持ち、君の意思で君らしい作品(人生)を作り上げていけ。

玄侑宗久さんが語りかけている対象は誰だと思いますか。「いじめている君へ」のタイトルからすると、いわゆる「いじめっ子」が対象であることは間違いないと思います。しかし、それだけではないと僕は受け取りました。その対象は、「日本」という社会システムの中で人生を作りあげていかなくてはならないすべての人々なのではないかと思ったのです。当然、僕も含まれていることになります。

このことを切っ掛けにして、僕は1つの聖句(聖書:エペソ人への手紙2:10)を思い出しました。

わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。

聖書においては、個々人が神の作品なのです。もちろん、他の人がなかなか成し遂げられないことができることができるとしたら、それはそれで素晴らしいことです。しかし、他者よりも優れていることが全くないように見える場合も、実はそこにまだ気づかれていない「良さ」を誰もが持っていることを忘れてはならないだと思います。

あなた方は素晴らしい存在です。そして、この僕もあなた方と同様に素晴らしい存在です。だからこそ、互いに尊重し合い協力していくことで、様々な試練を乗り越え、誇れる人生と社会を作り上げていくことができるのです。

作品であることを忘れず、誇りを持って生きよう!

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