宇田川元一著『他者と働く-「わかりあえなさ」から始める組織論』を読みました

2020年1月26日
読書

宇田川元一著『他者と働く-「わかりあえなさ」から始める組織論』という書籍を読みました。同僚のSNSでこの書籍の紹介してくれたおかげで、新しい関係性の構築によって複雑な組織の問題を解消する手法の方向性について知ることができました。

これまでも、自分一人だけだったら決して読まなかったであろうと思える書籍と出会うことが時々ありました。また、その出会いが全くの偶然とは思えないと感じる結果ことも少なくありませんでした。

この書籍に書かれていたことも、私にとっては示唆的に思える内容が多くあり、これを読めることになったことが全くの偶然の出来事とは思えないと感じる新たな1冊となりました。

そこで備忘録として読後感らしきものを記事として残しておくことにします。

興味を持った背景

とても魅力的なタイトルの書籍ですが、私が気になった背景はタイトルだけ理由ではありません。

気になっていたのは、著者の紹介に「社会構成主義やアクターネットワーク理論など、人文系の理論を基盤にしながら…」という記述があったからです。

ご存知の方も多いと思いますが、社会構成主義という思想は、本書の取り上げている対話型組織開発の他に、心理療法や教育などの領域においても注目されている考え方です。また、アクターネットワーク理論は私が関心を持っている地理学というディシプリンの中でも注目されています。

しかし、勉強不足の私にはまだまだ理解できていないという思いがありました。「社会構成主義やアクターネットワーク理論など、人文系の理論を基盤にしながら…」研究している方によって書かれたというからには、こうした概念に関する理解を深めるヒントが本書の中にあるかもしれない。

そんなことを考えたことが、この書籍に興味を持つ大きな理由でした。

目次と帯

本書の目次は次のとおりです。

「おわりに」だけなく、冒頭の「はじめに」でもプライベートよりの内容が吐露されていることに新鮮な驚きを感じながら読み始めましたが、読後には、このような著者のスタンスこそが本書をより魅力あるものにしてるように感じています。

はじめに 正しい知識はなぜ実践できないのか

第1章 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている

第2章 ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス

第3章 実践1.総論賛成・各論反対の溝に挑む

第4章 実践2.正論の届かない溝に挑む

第5章 実践3.権力が生み出す溝に挑む

第6章 対話を阻む5つの罠 第7章 ナラティヴの限界の先にあるもの

おわりに 父について、あるいは私たちについて

そして、本書に帯には次のようなことが書かれています。これを読めば、本書の内容はだいたい想像できるような気がします。

すべての厄介な問題は、関係性のなかで起きている。現場で起きる「わかりあえなさ」から始まる諸問題は、ノウハウで一方的に解決できるものではありません。その「適応課題」と呼ばれる複雑で厄介な組織の問題をいかに解くか。それが本書でお伝えする「対話」です。忖度する・論破するでもなく、相手の「ナラティヴ」に入り込み、新しい関係性を構築すること。それこそが、立場や権限を問わず、新たな次元のリソースを掘り出して、組織を動かす現実的で効果的な方法なのです。組織論とナラティヴ・アプローチの超実践的融合。いま最も注目の経営学者、待望のデビュー作!

本書における著者の主張をさらに単純化して表現することを試みれば、「異なる価値観で成り立っている社会集団の間に発生する問題を解決しようとするならば、それぞれの社会集団の間にある溝に架橋していくことが効果的である」ということです。私なりの理解なので、これでいいのかどうかは、本書を手にとって判断してください。

本書は組織論を専門とする経営学研究者の著書なので、おそらく前提としている集団の規模は一つの会社ぐらいなのでしょう。 でも、時代性の中で本書を読み進めていきながら、私はこんなことも考えるようになりました。

それは、この書籍の中で検討されている手法は会社などの組織だけはなく、もっと大きな社会集団でも中でも有効なのではないかということです。

様々な要因からこれまでのシステムの維持が困難になり、先進国において社会的経済的不平等化が進み中間層が縮小したため排他的な言動が支持されることが多くなってきています。また、その結果、これまでの国際協調主義がかみ合わないことによる混乱が国内外の各所で多く立ち現れている状況を認めることができます。

そんな時代だからこそ、そんな国際社会のような大きな集団の集合体でも「新しい関係性を構築すること」を目指していく必要を感じています。

本書の概要はこんな感じ

本書の内容の一部を備忘録的に紹介しておきます。

もちろん、本書の内容を知るには、この書籍を手にとって読むことが最善の方法です。この書籍に興味を持った方は、ぜひ本書を手にとってほしいと思います。私とは違った収穫がそこには必ずあるはずです。

それでは始めます。

まず初めに、著者はハーバード・ケネディ・スクールで教鞭をとったロナルド・ハイフェッツによる問題についての定義を紹介することから始めます。それは、既存の知識・方法で解決できる問題を「技術的問題」technical problemとし、既存の方法で一方的に解決できない問題を「適応課題」adaptive challengeとする定義です。 社会が抱えたままにこじらせている問題の多くは「適応課題」(すべては「関係性」の中で生じている問題)であり、こうした問題を解決する手法が「対話」なのだと著者は指摘します。

また、著者によれば、ここでの「対話」とは一言で言うと「新しい関係性を構築すること」です。これは、哲学者のマルティン・ブーバーやミハイル・バフチンらが用いた「対話主義」や「対話概念」と呼ばれるものに根ざしていると著者は指摘しています。

一方的に解決できない「適応課題」には次の4つの種類

1 「ギャップ型」 大切にしている「価値観」と実際の「行動」にギャップが生じるケース

2 「対立型」 お互いの「コミットメント」が対立するケース

3 「抑圧型」 「言いにくいことを言わない」ケース

4 「回避型」 痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりするケース

その後、著者は、マルティン・ブーバーが分類した人間同士の関係性について紹介します。

それは、「私とそれ」という道具的な関係性と、「私とあなた」という固有の関係性という分類です。「私とそれ」という道具的な関係性から個々の違いを乗り越えて「私とあなた」の関係性へ移行していくことが「新しい関係性を構築すること」であり、「適応課題」を解決する手法としての「対話」なのだというのです。

そして、「新しい関係性を構築すること」を目指し、その関係性を改めようとする場合に必要なことは、相手を変えるのではなく、こちら側の「ナラティブnarrative」が変わることだと著者は指摘します。

ちなみに、著者によると「ナラティブnarrative」とは物語、つまりその語りを生み出す「解釈の枠組み」のことです。個人の性格を問わず、仕事上の役割に対して、世の中で一般的に求められている職業規範や、その組織特有の文化の中の中で作られた解釈の枠組みから生じるものが「ナラティブnarrative」です。

「新しい関係性を構築すること」を目指す際のポイントは、「どちらかのナラティブが正しいということではなく、それぞれのナラティブがあるということ」です。

つまり、ナラティブとは視点の違いにとどまらず、その人たちが置かれている環境における「一般常識」のようなものだと著者は述べています。 こちら側のナラティブに立って相手を見ていると、相手が間違って見えているということもありえますし、また、その逆もありえるというわけです。

繰り返しになりますが、既存の方法で一方的に解決できないお手上げとも感じられるような「適応課題」は、こちらのナラティブとあちらのナラティブに溝によって生じるものです。

しかし、「新しい関係性を構築すること」つまり「対話」によって「適応課題」を解消することができるようになるというのが、本書における著者の考えです。

なお、こうした対話や適応課題への取り組みは「ナラティブ・アプローチ」の思想や方法に基づいています。著者の言葉をもとに少し補足説明しておきたいと思います。

医療や臨床心理の領域で研究実践されてきた「ナラティブ・アプローチ」は、相手の物語の硬直性を変えることよりも、こちら側がいかに硬直した物語で相手を見ているのか、こちら側の物語を変えることでよりよい実践を生み出していくということを中心にとするアプローチのことです。

本書では、そうしたナラティブの溝に橋を架けるための4つのプロセスも示されています。ハイフェッツたちによる適応課題に挑んでいくため「観察-解釈-介入」というプロセスを日本の組織文化の現状を踏まえて修正したものだそうです。

著者によるナラティブの溝に橋を架けるための4つのプロセス

1 準備「溝に気づく」 相手と自分のナラティブに溝(適応課題)があることに気づく

2 観察「溝の向こうを眺める」 相手の言動や状況を見聞きし、溝の位置や相手のナラティブを探る

3 解釈「溝を渡り、橋を設計する溝を跳び越えて、橋が架けられそうな場所や掛け方を探る

4 介入 実際に行動することで、橋(新しい関係性)を築く

これらのプロセスによって、新たな関係性を取り結んでいくことをしていくことになりますが、そうした実践に挑む中で、実は陥りやすい罠も同時に存在することを著者は指摘していました。

著者が本書の中で対話の罠として取り上げている事項は次の5つでした。

対話を阻む5つの罠

1「気づくと迎合になっている」

2「相手への押しつけになっている」

3「相手と馴れ合いになっている」

4「他の集団から孤立する」

5「結果が出ずに徒労感に支配される」

読後感など

本書を読む前に期待していた社会構成主義やアクターネットワーク理論に関する新しい智見を得ることは残念ながらあまりできませんでした。

しかし、予想外の学びができたので喜んでいます。 まず、ナラティブ・アプローチが目指すところについて知ることができたということがあります。

著者は次のように書いています。特に、「対話の実践は自分を助けることになるということ」という指摘が心に留まりました。

ナラティブ・アプローチが目指すところ

相手を自分のナラティブに都合よく変えることではありません。自分が自分のナラティブの中においてしかものを見ていなかったことに気づき、自らを改めることを通じて、相手と私の間に、今までになかった関係性の構築を目指すことにあります。 つまり、溝に直面した際に、自ら改めることを通じて、相手がその人の人生の主人公として生きていくように支援をし、それによって、自分もよりよい実践ができるようになっていくことこれこそがナラティブ・アプローチが目指すものであると言えます。 もうひとつ大切な点があります。それは、対話の実践は自分を助けることになるということです。

それから、北海道浦河町にある精神障害ケアのコミュニティ「べてるの家」の思想との出会いが本書を支える思想のひとつになっていることにも驚きました。

私も15年ほど前に母教会の礼拝で「べてるの家」を創設した向井地生良さんに出会い、様々なこととについて再考する機会を得ることができた思い出があったからです。

さらに、著者が批判的経営研究(critical management studies)に出会い、批判的な研究を展開する研究者を目指そうとしていたのに、「それをいくら頑張ってやっても現実は何も変わっていかないということに気がついた」という書いているのを読んで、私は少々衝撃を受けました。

個人的に批判地理学や地理学的批判理論の構築について学んでいきたいという考えていたからです。 著者が悩んでいた時、新たな方向性を示してくれたのが、ケネス・J・ガーケンの『あなたへの社会構成主義』だったそうです。

『あなたへの社会構成主義』という本の中で、ガーケンは、批判をするのは、問題をよりよいものに変えていきたいからではないか、それなのに、批判にとどまり続けるのは本来の批判的研究が目指しているものから、はずれているのではないかと指摘します。 では、問題のある現実をどのように変えていったらよいのか、という点が議論として浮上します。そこでガーケンが注目したのは、私たちの現実の社会的構成でした。

本書のコラムにあった文章もとても印象的でした。この内容が本書で著者が示そうとしているアプローチ方法の核心だとも感じました。

 現実は社会的に構成されている、社会の中身は会話である、だから私たちは何を語るのかによって現実を本当に少しずつだけれど、変えていくことができるかもしれない。

以上、組織論だけでなく様々なことを考えながら読書を楽しむことができました。このような機会を与えてくれた同僚に深く感謝します!ありがとうございます。

オンライン読書会のお知らせ

『他者と働く』 第2回オンライン読書会が開催されるとのことです。 『他者と働く』オンライン読書会 ◎開催概要 ・日程:2020年2月7日(金) ・時間:20:00~21:30 ・費用:3,000円+税 ・対象書籍:『他者と働く』(佐々木 康裕 著 NewsPicksパブリッシング) ◎応募資格 ①『他者と働く』を読み終わった方 ②Zoomが使用できる方(使用方法のサポートは弊社では行っておりません) 詳細についてはこちらをお読みください。